昨今、プログラミング教育の領域では、多くのサービスや教材、ワークショップが日々生み出されています。
それらはほぼ必ず、「プログラミングを通して創造性や思考力、試行錯誤の力を養います」などといった言葉が掲げられています。
しかしその内容をみると、決められたものを決められた通りにつくるだけ、アレンジするとしてもそのフォーマットの中だけ、という小さな創造性、小さな試行錯誤だけのものが少なからず散見されます。
そこで今回は、子どもが本当に深く思いを巡らせる、良質な試行錯誤を生み出すプログラミング教育へのアプローチについて考えてみたいと思います。
身の回りのものの尻尾をつくる -Sony STEAM Studio 2019-
「今日はプログラミングのワークショップに参加してくれてありがとう。早速だけれど、このイスをみんなでよーくみてみよう。」
これは、2019年に行われた「Sony STEAM Studio 2019 -身の回りのもののしっぽをつくる?!-」の導入の問いかけです。
Sony STEAM Studioは、「クリエイティビティが目覚める体験を、みんなに。」というコンセプトのもと、参加者を一般公募して品川のソニー本社で実施された、夏休み子どもプログラミングワークショップイベントです。
普段はソニーグループ各社の第一線で活躍している社員たちが、この日は運営のスタッフとなって、直接子どもたちとふれあいます。
私はこのイベントのコンセプト設計からワークショップ開発、当日も進行役を担いました。
さて、冒頭の投げかけの言葉。
「プログラミングのワークショップにきたはずなのに??」
参加した親子の大半が???となっているのがよくわかりました。
それでも
「ねえねえ、よくみて。このへんとか、ちょっと目に見えない?」
と声かけしてみると、
「あっほんとうだ!こっちは口に見える!」
「下から見て!ちょっと怒ってるようにみえるよ」
「きっとこの子は寂しがり屋なんだよ」
と子どもたちはすぐにノリノリに。
それにつられて保護者も
「きっとこの子は苦労してるんだよ。ほら、よくみたら裏に擦れたような跡がたくさんある。」
なんていう発言も飛び出していました。
このワークショップは、イスやランドセル、台車やラケットなど、学校にある色々な備品を「生き物に見立てる」対話から始まりました。
そこから、その生き物の生態を具体的に考えながら「いきもの図鑑」をつくることでイメージを広げ、プログラミングで動くその生き物の「しっぽ」をつくるというのが内容です。
尻尾は、動物の体の中でも、感情表現が豊かな器官の一つ。
嬉しい時や寂しい時、楽しい時、撫でられて気持ち良い時、それぞれで違う動きをする尻尾だからこそ、さまざまな表現の可能性があります。
尻尾は口ほどにモノを言う、ですね。
試行錯誤の質を高める2つの視点
さて、ちょっと話は飛びますが、変化の激しい不確実なこの時代では「まずはやってみる/ダメならやめる/修正する/またやってみる」という流れを臆することなく何度も行えることが重要であると言われています。
「プログラミング」は、この細かい試行錯誤がたくさん体験できるという特徴があります。
しかし、たしかにこの言っている意味はわかるんだけど、本当に子どもたちが汗をかきながら「つくりこむ」ということまでできているプログラミング教育の活動がいったいどのくらいあるのだろう、と私は常々考えていました。
ただ動いて、「できた!」になってしまっていないか。
ただ動いて、「じゃあ次の作ろー」になってしまっていないか。
本当にこの動きでいいのかどうかという「こだわりたくなる気持ちと心」を、きちんと育むことができているのか。
身の回りのものへの視点を自由に切り替えながら考え、ディテールには変態的とも言えるまでにこだわる。
このことで「今までにないもの」をつくりだし「今までにない生活」を「普段の生活」と変えてきたソニーが提案するワークショップイベントである以上、試行錯誤の「質」にはこだわりたいと考えていました。
私が考える良質な試行錯誤とは、問いが自分のものになっているかということと、答えを自分で見つけることができるかということです。
ワークショップでいきもの図鑑をつくったのはこのためです。
身の回りのものを単に生き物の形として見立てるだけでなく、生態を想像することで、どのような尻尾がよいのか、いろいろな感情を表すにはどのような動きがよいのかということを、子どもたちは自分自身の問いとしてもつことができます。
さらに尻尾の動きは、こうであれば嬉しい、こうであれば悲しい、と明確に定義できるものではありません。
だから最終的な答えは自分(と見た人)が納得するかどうか、ということになります。
つまり、答えは自分が決めるしかないのです。
「この尻尾の動きどう思う?」という親子の会話が多くあったのはそのためでしょう。
図工・美術教育の方法論がプログラミング教育の質を上げる
こうした試行錯誤をやりとげるには,大変な忍耐とエネルギーが必要になります。
自分だけの生き物、というテーマはここでも有効に働きました。
自分たちが思いうかべた「生き物」への愛着が、自分の思いを実現するための主体性を生み出し、苦悩を乗り越える力になりました。
実際に休みなく2時間半以上制作をして時間が来てしまってもまだまだ深く集中していて「もっとよく仕上げたい」という意欲が感じられました。
時間が短くてごめんね、と思ったものです。
このように、プログラミングを教育現場に持ち込む場合にも、質の高い試行錯誤を伴う実践が可能であるように思います。
そして、私がこのように考えるに至ったのは、日頃から多くの図工美術の実践に触れているからだと思います。
試行錯誤の質を高める活動は、実は、制作過程そのものにも評価の観点を置いてきた図工や美術ではすでによくやられていることです。
その方法論をプログラミング教育に導入していくことは、多くのプログラミング教育の実践が開発される中で、重要なポイントのひとつとなっていくことでしょう。
美術にバックボーンがある自分のような人間が、その架け橋になれればいいと思うし、美術の視点を軸として、読者の先生方と一緒に引き続き考えていきたいなと思っています。
複数の美術館や科学館で、
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