今回は、中学受験をする子どもたちが通う学習塾とともに開発・実施したプログラミング講座についてご紹介します。
内容は、これまで同様、図画工作の「鑑賞」と「表現」を援用したものですが、大切にしたことは「実体験」です。
それは、こんな話から始まりました。
子どもたちを取り巻く「実体験」が乏しい時代
「速さを求める算数の問題に、平気で『お母さんはママチャリで300km/hで大根を買いに行きました』って答える子どもがいるんです。これって、300km/hがどのくらいのものなのかっていう感覚がそもそもないからか、あるいは、問題文の物語と現実が結びついていないからかのどちらかなんですよね。どんなに複雑な計算式を経たとしても、普通だったらなんかおかしいって気づくはずなんだけど、とても優秀な子でも、これに類する間違いをする子が増えてきていることに、危機感があるんです」。
首都圏を中心に教室を展開する大手学習塾・早稲田アカデミーのみなさんと一緒に、プログラミング講座を検討していたとき、先方の担当者だった稲森 一晃 先生(早稲田アカデミーNN桜蔭クラス副責任者/算数担当・当時)がこんな発言をされました。
稲森先生は当時、女子御三家とも言われる超進学校である桜蔭中学校への入学を目指す選抜クラスを担当し、毎年全国トップクラスの合格実績をあげていました。
そんな先生が感じておられる、300km/hという速度に対する現実感のなさや、文章題の物語を現実として捉えられない子どもたちに対しての課題意識に、私はなるほど、と思いました。
合格を掴み取るために、日々多くのタスクをこなす小学生は多忙を極めています。
たとえば車で目的地まで行く車内でも勉強していて、スピードメーターをぼーっと眺めながら「80km/hってこのくらいかあ」と思う機会も少なくなっているのかもしれません。
効率化された1日のスケジュールの中では「ふとしたことに目を向け考える」という時間がなくなってきているのだろう、とおっしゃっていたのが印象的でした。
一方で、昨今の入試では、「与えられた情報を多角的に捉えて自ら考える」教科横断的な思考力を試すような問題の出題頻度が飛躍的に増加していると言われています。
この新傾向の問題に対応するには、これまでの自らの経験を踏まえながら問題文の背景や物語をどれだけ解像度高くイメージできるか、にかかっ
ていると言います。
受験生である子どもたちの実情と、新しい中学入試問題。
これらを橋渡ししていく学習機会として、早稲田アカデミー「CREATIVE GARDEN」は単なるプログラミング講座ではなく、プログラミングを通して広く世間に興味を持ち、良質な実体験を子どもたちの中に醸成していく、全く新しいSTEAM教育プログラムとして開発されることになりました。
世界との出あい方を学ぶ場
講座のテーマは、日本語ならではの「オノマトペ」です。
【CREATIVE GARDEN概要】
対象:小学1年生〜
人数:1クラス10名定員
時間:80分
使用機材:ロボットプログラミング学習キットKOOV、iPadをひとり1セットずつ使用
授業頻度:3回/月、2ヶ月ごとに定着度判定コンテスト実施
講座の基本的な流れ:
1週目授業/オノマトペのテーマ発表、提示された作例を観察
1週目宿題/テーマに沿って身の回りのものを探す
2週目授業/ブロック造形、プログラミング
2週目宿題/作品を持ち帰りお家の人に感想を聞く
3週目授業/プレゼンテーション
3週目宿題/作品製作を通して創造した世界を絵に描く
講座では、各月の最初の授業でテーマを発表します。
最初の月のテーマは「ぐるぐる」。
その後、「ぱたぱた」や「にょきにょき」など、扱うプログラミングのレベルに対応した、多様なオノマトペを順次提示していったのですが、今回は「ぐるぐる」での活動をご紹介します。
授業が始まり、「ぐるぐる」というテーマが発表になると、子どもたちにはまず、一見何をつくったのかわからないような、ぐるぐる動く不思議なマシーンが提示されます。
様々な角度から動きを観察し何かのぐるぐるに見えたら、次はブロックとプログラミングを使って自分のイメージに近づくように改造します。
改造の過程で、プログラミングにも自然に親しんでいきます。
このあとに、「身の回りのぐるぐるをたくさん探してくる」という宿題が出されることも今回の講座の大きな特徴のひとつです。
これらの活動を通じて子どもたちは、普段とは異なった視点であらためて世界を見渡すことになります。
積極的に身の回りに興味をもって必要なものを探そうとする視点をきっかけに、多くの気づきや試行錯誤、自分だけのこだわりが生まれていました。
事例①
実は自分がよく見ていなかったことに気づいて、よく見るようになる
最初に提示されたマシーンが、「扇風機」に見えた受講生がいました。
動きを司るプログラミングには「扇風機のように回れ」なんていう便利なプログラムはあるはずもなく、回転の向きや速さを細かく指定する必要があります。
そのため、彼はつくり進める中で「あれ? 扇風機ってどっち回り?」という疑問にぶつかりました。
自宅に帰り扇風機を引っ張り出してみてみると、家にある3台全部が右回りだったことを発見しました。
「そんなこと、これまで考えたことなかった。これはもしかして、ネジが締まる方向と関係している...?」
なんていうことを考えながら製作を進めてみると、今度は回転の向きはあってるんだけれど、なんか自分のイメージと雰囲気が違う。
また扇風機に戻ってよく見てみて...と何度も繰り返し、「造形」と「動き」と「扇風機」を細かく無数に行ったり来たりしながら形づくっていきました。
事例②
思いもよらないところにぐるぐるを発見する
提示されたぐるぐるマシーンが偶然倒れてしまい、「あっ! 泳いでる!!」となった受講生もいました。
「ぐるぐる」と言われれば、タイヤとか、観覧車とかばかりに意識がいってたけれど、人の動きにもぐるぐるがあったことを発見した瞬間でした。
事例③
ぐるぐると、くるくる
宿題で「ぐるぐるをたくさん探してきてね」と言うと、子どもたちは競って、ネジや電球から、台風や地球、銀河まで、様々な大きさや速さの「ぐるぐる」を見つけてくることに驚かされました。
大量にぐるぐるを見つけてきたある受講生が「これ以上もうない!」と言ったので、
私が「あれ?なーんだ、基本的なコマが入ってないじゃん」と少し得意げに指摘したところ、
「違うよ、コマはくるくるだよ。ぐるぐるは、なんかもっと重い感じ」
との返答が。
彼はその後、具体的なものをつくるのではなく、「自分が思うぐるぐるの、あの感じ」をつくることに挑戦し、「速さはいいんだけど、動きの見た目がなんかカルいんだよなあ、うーん」と悩んでいました。
超あいまいなオノマトペと、超具体的なプログラミングを同時に用いる相乗効果
オノマトペがあらわすものは、とてもあいまいです。
「ぐるぐる」ときくと、それまでの自分の体験による感覚が基本となって、自分だけのイメージとしての「ぐるぐる」が脳内に現出します。
この自分だけの「ぐるぐる」は、実は他者が思う「ぐるぐる」と結構違っていたりしますが、普段のコミュニケーションの中ではそんな細かい違いに目を向けることはありません。
みんなおおまかにぼんやりと、自分の思う「ぐるぐる」がみんなの共通認識だと思って過ごしています。
一方でプログラミングは、極めて曖昧性を排除した超具体的な言語表現です。
条件や動きの様々な要素など、しつこいくらいにディティールまで決めてあげないと、KOOVは思い通りに動いてくれません。
つまり、曖昧を最も嫌う他者としてのKOOVに、自分の「ぐるぐる」をプログラミングで伝えるためには、それまで「おおまかにぼんやりと」で済ましてしまっていた「ぐるぐるのイメージ」の解像度をしっかり上げる必要があります。
そのためには、対象を広く深くよく見る必要があり、まさにこのあたりに「図工美術の活動のあり方」が援用できるでしょう。
このように、図工美術とプログラミングの特性を利用し、あいまいなものを具体的にしていこうとする活動を通して、子どもたち自身がより積極的に世界のリアルに関わっていこうとする、いわば世界との出あい方を学ぶ場についてご紹介しました。、
本来ならこれから、これらの学びの効果測定を、中学受験の視座に照らしながら実施する予定だったのですが、残念ながら現在はコロナの影響でCREATIVE GARDENの講座は休止中です。
私個人としても、図工美術のような「実体験」による学びが、ほかの教科の学びにどう影響するのかを明らかにする意欲的な挑戦だったので、コロナが落ち着き、早い時期に講座が再開されることを願うばかりです。
複数の美術館や科学館で、
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