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Phase021:「余白」がつくりだすもの

現在、板橋区立教育科学館では、「動く展~森羅万象のオノマトペ~」という企画展を開催中です。

 

これは、この世の森羅万象を、天文・生物・化学・メディア・テクノロジーなど、あらゆる分野を横断的に、動きに着目してオノマトペ化していこうという試みの展覧会です。

 

これまでもこのブログで、ぐるぐるやぱたぱたなどというオノマトペをテーマとして体験化したプログラミングワークショップの効果をご紹介してきましたが、本展はそれらをより広域な世代に対しアプローチすることを意図して、まとめなおしたともいえるものです。

 

 

さて、本展には、美術家のやんツーさんによる《遅いミニ四駆》が展示されています。

今回は、ここでの子どもたちの反応について考えてみたいと思います。

 

 

動く展~森羅万象のオノマトペ~

会期:2022年(令和4年)12月24日(土)~2023年(令和5年)2月5日(日)

※休館日 月曜日(ただし12月26日(月)、1月9日(月・祝)は開館)、

       12月29日(木)~1月3日(火)、1月10日(火)

開催時間:9:00~16:30

入場料 :無料

 https://www.itbs-sem.jp/exhibition/special/2022-2023winter-special/

 


 

 

速くあるはずのものがひたすら遅い

 

ミニ四駆は、言わずと知れた、目にも止まらぬような速さを価値とした車型の玩具です。

これを、いかにも速そうな外観はそのままに、スピードを極端に遅くしたものを、ミニ四駆コースで走らせる作品です。

 

展示風景
展示風景

 

凝視しないと動いてるのかどうか不安になるほどのスピードでゆっくりと進むミニ四駆。

当たり前にそれなりに速く進むことを想定していた子どもたちは、コースに車を置いた瞬間、「壊れているのかもしれない」のような、「何が起きているのかわからない」のような、怪訝な表情を浮かべ車体を凝視します。

 

その後この作品がこういうものであることを理解し始め、「うわーおっそ!」と笑顔になり始めます。

「これ少しはやいね」

「いやそれはすこしどころか爆速だよ」

 

子どもが来館者の中心の当館の為に、やんツーさんが今回特別にたくさん車体を増加してくださった(なんと30台も!)からなのか、子どもたちは遅い中にもそれぞれの個体ごとの比較をして特徴を感じているような発言がありました。

 

たくさんある車体をどんどん置きたくなるのは自然な欲求というもので、どんどんコースに車体は増えていき、次第に大渋滞を引き起こすように。

「渋滞起こさないように整理しなくちゃ」

と、渋滞しそうなところを、偶然居合わせた子ども同士でひたすら回避するゲームになることもあれば、逆に

「ながーい渋滞にして蛇つくろうぜ」

と意図して渋滞をつくろうとすることもあります。

 

いずれにせよ、シャーシに肉抜きを施して軽くしたり、お小遣いをはたいてモーターやタイヤ、ホイールをカスタムしたりして、速さを追求したミニ四駆世代の私が思い描く遊びとは全く異なる遊び方が、教育科学館では日々生まれています。

それには、ある「余白」が関係しているように感じました。

 

 

 

 

余白①「製品として与えられた意味=他者による価値」が消えていく

 

見るからに速そうな車体デザイン。

こういうものはきっとある程度速いであろう、という経験からくる思い込み。

この作品は、スイッチを入れてコースに車体を置くという、最初の一手でそれらを見事なまでに裏切ります。

 

それでも最初のうちは子どもたちも「これは少し速いかな」とほんの少しだけスピードのある個体を探したりと、自分の当初の期待に沿うように粘りますが、そんな気持ちが薄れるのも時間の問題のようです。

 

ちなみに、現場で付き添っている当館スタッフは、「遅いほうが勝ちのノロノロレースね」なんて逆転の声掛けを行ったりするようですが、子どもたちの様子を見ているとどうもそれもしっくりきていないような気がします。

 

素直な子どもにとって、そんなことはそもそもおもしろくなくて成立していないように見えます。

 

それよりも、子どもたちの表情をみていると、この製品に他者が与えた「速いか遅いか」というスピードの価値から脱却して、何物でもないもの、たとえば粘土をぐちゃぐちゃしているときのような、意味をなさない無垢な新しい何かを扱っているような感じ、といったほうが近い感じに見受けられました。

 

 

余白②安心して自分の考えを先行させることができるスピード

 

先述のとおり、この作品ブースでは日々多くの遊びが生まれています。

 

それらは、従来の速い/遅いといった画一的な発想ではなく、目の前の遅いミニ四駆が緩やかに起こすイベント(たとえばさりげなくぶつかっているとか、さりげなく坂道で立往生してたとか)をきっかけにした、自然発生的な遊びであることが多いようです。

 

速いミニ四駆が目にもとまらぬ速さで走っている時は、それを追うことに精一杯になるでしょうが、この遅さの中では、どんなハプニングが起ころうが、起きまいが、慌てずに安心して自分のスピードで考えることができているように見えました。

 

ちなみに、このブースはいつも大人気でたくさんの子どもたちで常ににぎわっているのですが、注意せずとも子どもたち同士の喧嘩がまったくないのは、スピードやテンポが少なからず影響しているからなのでしょうか。


 

こうした余白は、他者から与えられた価値にあふれていて、忙しく自分のテンポで考えるのが難しい現代人の生活の中では実は、ありそうでないものなのなのかもしれません。

私は毎日この作品と子どもとの関係を見みながら、創造のために必要な無垢な眼差しを育むことについて、子どもたちが生きている社会環境との関係の中で考えさせられます。

 

ぜひみなさまも、この作品を体験し、目撃し、考えに、ご来館ください。

ちなみになんと、入場無料ですよ。

板橋区立教育科学館の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。