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Phase022:「楽しい」の反復と連鎖の先にある、おだやかなひらめき

板橋区立教育科学館では、令和4年の4月より、様々なテーマによる図工プログラミングのワークショップを毎週末実施しています。

すべて、1回2時間で完結する内容で、最近は本当に多くのリピーターの皆さんが通っていただけるようになりました。

今回は、そんな当館でのワークショップにおいて、始めたばかりの頃と今で、子どもたちを取り巻く環境にどのような変化が現れてきているのか、いくつかの要素を整理しながら考えてみたいと思います。

 

 

要素①
ひとつの作業机を囲む、リピーターと初参加者

 

創作室と作業台
創作室と作業台

当館で行う図工プログラミングのワークショップは、コロナ感染対策を講じたうえで、ひとつの作業机で向かい合うように2組の参加者に使ってもらっています。

そのため多くの場合、初めて会う向かいの人に「こんにちはー」「今日はよろしくお願いしまーす」という参加者の自発的なコミュニケーションから始まります。

創作室には作業台が6脚あるので、ワークショップには1回12組が参加でき、リピーターは多い時で5、6組いらっしゃいます。

決まりがあるわけではないのですが、ほとんどすべての皆さんが、保護者の方と一緒に参加されます。

 

ワークショップが始まるまでの行動は様々で、初参加者の子どもたちはじっと自分の席に座って動きません。

まだ参加回数の少ないリピーターの子は、(しみてる(私)は自分のことを覚えているかな?)とおそらく思いながらこっちをじっとみていたりします。

もう何度も来ている勝手知ったるリピーターたちは創作室に入るなり、「しみてるー!今日なにすんのー?」「あれ、しみてる髪切った?」なんておしゃべりにきたり、勝手にiPadを開いて(もうパスコードもばれている)プログラミングキットをいじったり、工作素材がカオスに置かれた材料スペースで勝手につくり始めたりします。

 

この時点で私は、無理に初参加者に話しかけに行くこともしないし、危険がない限りは勝手にいろんなものを触り始めている人たちを止めることも推奨することもしません。

唯一するのは、参加回数の少ないリピーターの、「しみてるは自分を覚えているかな」という不安げな視線に対し、「大丈夫、おぼえているよ」という私の意思を、強い視線で返す程度です。

 

初参加やリピートの回数など、それぞれ立場が違う参加者に対し、その立場を早い段階で私が認めてあげるという態度に徹するだけで、よくありがちな「早く慣れさせようと無理に近づいて話しかける」というような、それぞれの立場の変更を強いるような行動を、私は絶対しないようにしていたりします。

 

 

要素②

安心から生まれる「楽しい」、「楽しい」から生まれる安心 

 

節分にやった「ハイパーMAMEシューティング」のようす
節分にやった「ハイパーMAMEシューティング」のようす

リピーターの子たちの多くは、私の性格を知っているし、私の態度も知っているし、具体的には、しみてるは大人ではなくほどんど子ども側の存在で、あまり注意したり怒らないことも知っています。

創作室という場のどこまでを勝手に触っていいかという、自由の範囲を知っているし、「触らないで」などという注意書きが一切ない部屋の中で、触ったらまずいもの(ダメなものや危険なもの)を、私の態度や表情を通して雰囲気で理解しています。

 

でも、たまにその「しみてるを察する」をミスると、いつも笑顔のしみてるに真顔で注意されたりします。

また、ワークショッププログラムも、そのほぼすべてが、勉強しているのか遊びに来たのかわかんない、と子どもに思われるような「遊びにきわめて近いもの」になるように意識していますから、子どもたちを見ていて「自分が気を付けてさえいれば、注意をされることもないし、自分と対等に話す大人しかいないし、いろんなものがあるし、行けば必ず最高に楽しい空間」という信頼と安心感を子どもから得られているような感じがあります。

 

そして、そう思っているだろうというこの「感じ」は、子どもの表情や背中あたりから出ているものであって、子どもたち同士もそれを感じ合いながら雰囲気をみて行動しているように見えます。

 


 

 

要素③

創作室に蓄積していく、楽しい気配

 

素材と作品(?)が混然一体に
素材と作品(?)が混然一体に

そんな子どもの背中が発する「楽しい感じ」だけではなく、創作室には、楽しい気配で充満させるための細かい企てがあります。

 

その代表例が、これまで参加してきた子どもたちが自由につくったものたちがたくさん、いろんなところに混じっていたり、作業台に少しだけ残されていたり、天井からぶら下がっていたりすることです。

決して題材や大人に「つくらされたもの」じゃなくて、子どもが等身大の無垢な状態のまま好きにつくったものたちであることを大事にしています。

 

それは一般に大人から見て、上手と思うような類のものではなく、むしろ大人にとっては一歩間違うと捨ててしまうかもしれない、「なにこれへんなの、おもしろい」と笑顔になってしまうようなもの、が置いてあります。

また、整理して壁に貼られていたり、整頓して置いてあったりするような「展示」をして、そのモノに価値づけするようなことではまったくありません。

他のものと混じってただ「置いてあるだけ」です。

 

そうすると、子どもたちは、製作の時間に素材を探しに行ったときにふと、誰かが顔を描いたアフロヘア―の紙コップを見つけることもあるし、自分がつくった「家に持って帰るほどのものでもない何か」を、次の誰かがもしかすると見つけてくれるんじゃないかと、ニヤニヤ素材台の素材の中に忍ばせて帰ったりします。

 


 

 

要素④

部屋の空気感を媒介して伝わる、自然な「楽しい」

 

 

創作室の守り神「ダンシングサンタ」
創作室の守り神「ダンシングサンタ」

こんな状態ですから、初めて参加する子どもたちは、他の子どもたちの動きをみて、「ああ、ここはこういう場所なんだな」と理解をしていっているように思います。

 

当館の創作室には「守り神」と皆が呼び、ボタンを押すと踊り出す「ダンシングサンタクロース」が年中、教員机に鎮座しているのですが、気づくとリピーターに交じって初参加組が守り神で遊んでいたりします。

この、子どもが「慣れる」までのスピードは結構驚異的で、開始10分前に席についたはずなのに、ワークショップ開始時にはみんな打ち解けてプログラミングの使い方を教え合っている、なんていうことも最近では珍しいことではなくなりました。

 

素材台の素材に紛れていた、変な顔の鬼の風船をみつけ出して、ケラケラ笑って遊んでいる2人のうち1人が初参加で、5分前に初めて会ったばかり、ということも多いです。

そんな初参加だった彼女も、今では誰よりも我が物顔で創作室に入ってきて、初参加の子らとまたへんなものを見つけて、ケラケラ笑いながら遊んでいます。

ちなみに、このような場面に大人たちの介入は一切ありません。

 


 

 

振り返ってみたら「たくさんひらめいてたじゃない!」

 

こんなことをやっていながら最近気づき始めたのが、つくるものが思いつかなくて困る、という子どもが、今は一切いなくなってる、ということです。

 

このワークショップを始めた当時は、製作の時間に子どもも保護者も手が動かず、アンケートにも「つくりかたを教えてもらえず、自分で考えてつくる難しかった」なんて書いてあったりしましたが、いまはそういうアンケートがぱったりとなくなりました。

 

ちなみにこのパラグラフの中見出しの言葉は、先日行ったワークショップで保護者の方が子どもに声掛けしていた言葉です。

 

「ひらめく」という言葉から連想しがちなのは、大きなアイディアが突如として降臨してくる、ということです。

しかし、この創作室の場での子どもたちは、なにか落差が大きい形でいきなりひらめいた!のではなく、様々な要素に影響されながら、小さく細かくひらめいてきた、いわば「おだやかなひらめき」による膨大な情報の集合体として、製作しているように思うのです。

 

そういう製作は、そもそもひらめいていること自体に自分が気付くということすらないのかもしれません。

だから、製作フローを振り返って、こまかく気づいたりひらめいたりしたことに意識を向けて評価をしていた保護者の方が強く印象に残っています。

このような「おだやかなひらめき」に至るまでの、場の要素による円環関係は、子どもたちの等身大の活動を行うときに、たいへん重要な視点であるように思います。

 

 

ということで、ちょっと宣伝。

 

当館ではそんな様々な「ひらめき」をどのようにすると育むことができるのか、いくつかの具体的な教育介入の事例を多角的に検証しながら考える、ゲストの先生方をお呼びしたトークイベントを開催予定です。

ぜひこれを機に皆様方に当館に足をお運びいただきたいですが、遠方の方々もいらっしゃると思いますので、オンラインでのご参加も可能とさせていただきました。

具体的に語られることがなかなか少なかった「ひらめき」の成り立ちについて、一緒に考えませんか。

 


板橋区立教育科学館の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。