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Phase026:「ざっくり創造性」は、もう人の優位性とは言えない

今回は、最近考えていることを少し書いてみたいと思います。

 

 

昨今は情報技術の発展がさらに加速していて、そのスピードの速さに驚かされるばかりです。特に、ChatGPTなどのサービスに代表される、「生成系AI」と呼ばれる技術群は、私たちの今までの生活観などのあらゆる価値観を一変させてしまうもののように思います。このあたらしい価値観による世界とはどのようなものなのか、まだだれが知る由もありません。きっと、今を生きる私たちが考え、つくっていくものなのでしょう。このように、人々と科学技術や情報技術との付き合い方に思いを巡らせていると、「人が得意なこと」と「情報技術が得意なこと」を比較するに至り、いつのまにかそれは、「これから人の存在はどうなっていくのか」「そもそも人は生き残れるのか」という原理的な問題へと考えが変化していくことに気づきます。

 

生成系AIとは、これまで機械が苦手で、人が得意とされてきた「創造性」までをも備えているとききます。図工美術を司る我々にとって由々しき事態。先日もニュースで、AIが描いた絵画作品が、歴史ある絵画展で受賞したことが取り上げられていました。となると、人の優位性とはなんなのか、さらに考える必要が出てきそうです。

 

 

ところで私の本務館である板橋区立教育科学館では、この夏休みに「夢と科学の関係」展(2023年7月22日(土)~8月31日(木))という企画展を開催します。

 

本展では板橋区在住のプロ冒険家・阿部雅龍(あべ・まさたつ)さんの、南極大陸人類未踏ルートの制覇という夢へのチャレンジを紹介することで、夢を持つことと、実現しようとすることとの間に存在する、たくさんの人の想い、科学や科学技術とのかかわりを紹介します。

 

たしかに、阿部さんの周りには、その魅力に引き寄せられて多くの人が集まり、それらの人が持っている多くの科学技術が集結しています。私は、この阿部さんの「巻き込む力」に、これからの人間が自覚すべき、大きな優位性の一つが強く表れているように思います。

先にお話しした情報技術は、インターネット上にあるあまたのデータを集合して解を導き出す、いわば「集合知」です。一方で阿部さんの活動は、自分が信じた道を突き進む、没頭した先にあるいわば「きわめて深い個の知」と言えましょう。これは、集合知では決して得ることのでき.ない最先端の知であり、まさに時代を切り拓き、形作るための知、と言えるのではないでしょうか。さらに言えば、この「きわめて深い個の知」を公開し全体に対してどんどん供給できれば、更に有益な「集合知」も得られていくはずで、この延長線上に、生成系AIと人類全体との見事な共存世界が見え隠れしている?!ようにも思えます。

 

 

この「きわめて深い個の知」こそ人の優位性であるという仮説に立って図工美術に目をやると、没頭する態度を形作るための「好奇心」や「パッション」を醸成するというミッションが見えてくる気がします。この「好奇心」や「パッション」には、当然鑑賞の視点や対話的である学習環境が重要なわけで、このあたりの明確な整理が今後、授業者には求められていくのではないでしょうか。(じゃないと、「ぼくがつくるよりAIがつくったほうがラクで上手だしいいじゃん!」という質問に対応できなくなっていきそうです)

 

とてもショッキングな記事タイトルとしてしまいましたが、でもやっぱり図工美術はとても大事だよね、という結論に私は現時点では落ち着いています。これまで以上に、教育を行う大人が深く思考して題材を考える必要がある時代だなと感じます。悲観することなく冷静に全体を見つめ、ぜひ引き続き、先生方と一緒に考えていきたい問題です。

 

 

板橋区立教育科学館の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。