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Phase028:自らを導く「美意識」②

前回の記事(コチラ)の中で私は、プロ冒険家・阿部雅龍さんが「南極点単独踏破」という夢を持つまでに、阿部さん独自の「美意識」が、岐路における判断に大きく作用してきたであろうことを書きました。

 

今回は、その「美意識」のイメージをもう少し具体化していきたいと考えています。

 

 

南極チャレンジのきっかけとなった白瀬矗の墓前にて
南極チャレンジのきっかけとなった白瀬矗の墓前にて

 思い返すと私が初めて阿部さんとお会いしたのは、今回の展覧会の企画を思いつき、その提案とご協力をお願いするためにご来館いただいた時です。

当然企画者としては、お会いするまでに著書を読み、記事やご自身が発信されているSNSなどをチェックしていましたので、私は阿部さんについてある程度知っているつもりでいました。

 

しかし、阿部さんと打合せの部屋で対峙した時に私を襲ったあの独特な緊張は、今でも鮮明に記憶しています。

 

鍛え上げられた肉体、こだわっていることが瞬時にわかるファッションや身だしなみ、笑顔なのに鋭く深く刺さってくるような視線、私の話をどんな細かいことも聞き逃すまいとされているかのような姿勢や佇まい。

それは、職業柄、企業人をはじめ研究者や作家など、様々な方と初対面1対1で打ち合わせることの多い私としてもあまりない感覚で、今思うと青森県美在職中にお会いした横尾忠則さんと対峙した時のそれに近かったように思います。

 

抵抗なくコミュニケーションができるふわっとした柔らかさと、鋼鉄をたたいているような硬さのようなものを、同時に感じながら話していました。

 

そしてこの時のこの感覚が、後に「夢と科学の関係」展の裏テーマに「美意識の存在」を据えようと考えるきっかけともなりました。

ただ、阿部さんと親しくお話しさせていただくようになってからは、この硬さのようなものはあまり感じなくなったんですが。

 

 

さて、話を戻します。

私は、ここで言う「美意識」について、下記の2つの部分に分けて考えることができるのではないかという仮説をもっています。

 

 

チャレンジの協力者・裁縫ユニット「ばばぁず」のおふたりと企画展会場にて
チャレンジの協力者・裁縫ユニット「ばばぁず」のおふたりと企画展会場にて

 ①影響を受けない軸部分「コア」

 

最も中心部分にある、絶対に譲れない部分。

それは具体的な像である場合もあるし、「~な感じ」という感覚的な像である場合もある。

基本的に他者や環境からの影響を受けないし、受けてはいけない部分。

ただし、このコアの形成には、幼少期からの経験が深く関係している可能性は大きい。

 

 

②社会性との折衝部分「クッション」

 

「コア」のまわりを包み込むようにある、他者や環境とのインターフェースとなる部分。

現実世界において、ある時はコアを実現していると考えて幸福感を得るために必要な折衝のようなものともなるし、逆に社会性から「コア」を守るようなものにもなる、その名の通り緩衝材。

他者や環境から影響を受けて常に形が変化している。

 

例えば、阿部さんの場合は、幼少期にお父様を亡くされ、「父親がいない」という経験によって、少年漫画の主人公のような純真無垢でまっすぐなヒーロー像が「父親像」となり、ひいては「かっこいい男像」となった、とご自身で分析されています。

これは上記で言う①「コア」にあたるものです。

 

そして、阿部さんのまわりに多くの人が集まり、それぞれが自分の夢と重ね合わせるような強い形で阿部さんの夢に協力したり、企業が協賛したりして、「プロ冒険家」という特異な職業をこの社会において確固として成立させていることは、②「クッション」の能力が極めて高いことを示しています。

 

この「コア」の硬さと、「クッション」の柔らかさが、「社会の中に個としての自分を成立させるプロ」としての阿部さんは、特に極まっているように思えるのです。

 

 

企画展オープニングレセプションにて
企画展オープニングレセプションにて

このブログでもたびたび言及していますが、VUCA(変化の激しい不確実)と言われる現在において、社会全体がこれまでのように、事前に計画された共通のゴールに向かって成長することは難しくなっているように感じます。

 

それよりも、個人が現在の空気感や時代感を敏感に感じ取り、フレキシブルに動いていくテンポ感のほうが、時代と整合性が取れています。

 

つまり、「社会やチームが先にあって、その一員として個がある」というこれまでの価値観から、「個の能力の最大化が先にあって、その集合体としての社会が、いかに個同志の相乗効果を生んでいけるのか」という価値観の変換が求められているのです。

 

そして、個の能力を最大化するための学びには、学習者の関心・意欲が不可欠であり、関心・意欲をもてるようにするためには、「美意識」の醸成が、最重要課題ではないかと感じています(理由については前回の記事を参照してください。コチラ)。更に、「美意識」を構成する「コア」と「クッション」は、それぞれ全く異なる性質を持っているので、「コア」を硬くする教育方法と「クッション」を柔らかくする教育方法も全く異なる(ちなみに私はアートとデザインの関係構造に似ていると思っています)と考えられます。

そしてこの「美意識」の醸成は、図工・美術教育が司るべき領域であることは、これまでの記事でも書いてきたことです。

 

今回の阿部さんの展覧会を企画したことによって、私は新たに「美意識」という研究テーマを阿部さんからいただきました。

今後、このブログでも定期的に深めていきたいと思います。

 

 

 

(追記)

挑戦者・阿部雅龍
挑戦者・阿部雅龍

なお、この記事を書いている最中の9月4日、阿部さんの脳腫瘍判明の発表がされました。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000005.000088695.html

まずは、阿部さんのご無事と、一日も早いご回復を願うばかりです。

また、この病気との闘いをも「冒険」と表現し、これまでも幾度となく死を意識するほどの「逆境」を乗り越えてきた阿部さんの「挑戦者」として姿からは、むしろ私たちが大きな勇気を与えられるような気さえします。

このタイミングで企画展を開催するという形で阿部さんとおつながりになったことや、この記事が出る9月7日が阿部さんの新たな「冒険」の日ということは、偶然として片付けたくないと感じていますし、この新たな「冒険」を含めた阿部さんのすべてのチャレンジに対し、引き続き全力でお力添えさせていただきたいと思っています。

 

 

板橋区立教育科学館 その他の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。