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Phase029:板橋総ラボ化計画① 生活を支える最前線、モノづくりの精神

私が所属する板橋区立教育科学館では、淑徳大学と協働して新たに「板橋総ラボ化計画」というプロジェクトをスタートしました。

これは、板橋区内の事業者様とコラボレーションして、事業でうまれる「副産物(もう使わなくなったものや廃棄するしかないものなど)」をご提供いただき、それを素材としたサイエンス体験や創作体験を創出していこうとするものです。

以前の記事でご紹介した(コチラ)授業の学生さんたちの中から、新たにチーム編成して発足したプロジェクトです。

 

 

板橋区は大田区などと並んで町工場が多く存在するものづくり地帯です。

学習者や企画者はまず、地域の任意の事業者様に調査活動を行い、様々なヒアリングや工場見学を行います。

そこで得た知見や「副産物」をもとに、学習体験を計画します。

制作物や成果物は、その都度科学館に蓄積され、やがてはそれらを展示することを通して板橋区の情報が科学館に一堂に会していくことを想定しています。

 

第一回となった今回はトライアルとして、1950年創業の金属加工の老舗、株式会社松本精機の鈴木社長のご協力を得て、淑徳大学表現学科・杉原ゼミの面々が企画することとなりました。

ちなみに鈴木社長は、先の記事でご紹介した(コチラコチラ)冒険展の出展者、プロ冒険家・阿部さんの南極で使うソリ「赤龍」をつくった方。

今回は、学生の皆さんと共に行った取材の際、鈴木社長より伺った「モノづくりの極意」について、私は、まさに図工美術だ!と感動したので、皆様にご紹介したいと思います。

 

 

極意①実際にやってみることでしか得られない視点

 

席につくや否や、鈴木社長(以下:社長)はおもむろに、空の2リットルペットボトルを取り出し

「このペットボトルって、なにかに使えないかな?」

と学生さんに先制パンチを飛ばしました。

 

学生「花瓶とか?」

社長「じゃあ、それを実際につくってみてよ」

と、更におもむろにポケットからカッターを取り出す社長。

このときのために色々考えて準備していてくださったんだな、と感動しました。

 

実際に学生さんがつくろうとすると、

 

学生「縦に立てるよりも、寝かせる状態で置いて、穴をあけたほうがいいのかな」

学生「あれ?カッターでペットボトルって切りにくいな」

 

ということに。

そこですかさず社長は

「これが、私たちがやっていることです」とおっしゃいます。

「実際にやってみると、頭の中だけで考えていたときに気付かなかった問題点や難しい点に気付きます。私たちは、まず実際にやってみて、それらをいち早く発見して、改善点を洗い出します。たとえば、カッターでペットボトルを切りにくい、ということは、やってみないと気付きませんでしたよね。いまキミは刃を寝かせて切ろうとしていた。確かに紙を切るときには正しいが、ペットボトルに穴をあけるときには刃を立てる必要があるんだ、ということに、やってみなければ気付かなかったよね。」

「実際にアイディアを出してつくってみると、社員それぞれの、これまでの個人的な体験や趣向が多様に表れます。これがモノづくりの基本であり、可能性です。」

 

 

極意②どこにゴールを設定するかで、試行錯誤のポイントが変わる

 

さらに社長は続けます。

 

「そのモノがあることによって、そこに住んでいるその人の次の生活はどうなるのかを考えることが、モノづくり屋にとって大事なんです。」

「たとえばウチは火災消火のための真空ポンプをつくっていますが、火を消すことではなく、その当事者の、その先の生活を思うことが大事なんです。火が消える事だけをゴールにするのであれば水を多くかければいいかもしれないですが、当事者の平穏な生活が一刻も早く元に戻ることをゴールにすると、いかに水による家屋への被害を最小限にするか、すなわち、できるだけ少ない水で効率的に消火することが課題になります。」

「相手を想像して、それを手渡して、その人が幸せになること。たとえば、左利きのお母さんが使いやすい何かをつくる、となれば、ただなんとなくつくるときとは全く違った思考になりますよね。これがモノづくりの基本で、私たちの工場ではそれをやっています。」

「だから、我々は確かに最先端の技術は知っているけど、それがベストではない可能性もある。信頼のある枯れた技術は、経験値の積み重ねでできてるから、相手によってはこっちのほうがいい場合も多いのです。」

 

うーん、珠玉の言葉たち。カッコ良すぎやしませんか、社長。

まさにデザインの本質をおっしゃっているように私は思いました。

 

 

「実体験」と「生活に身近な話」は記憶に残る

 

後日、学生の皆さんとともに、取材を振り返りつつ、どんな企画にするか相談する会議を実施しました。

 

①取材の中で、もっとも印象に残っている言葉や事柄

・ペットボトルを素材にカッターがやっと刺さったときの感覚

・火を消すためにモノづくりをするのではなく、その人に早く平穏な生活が戻るためにモノづくりをするという言葉

 

②気付いたこと

・自分たちがそうであったように、実際に手を動かしてつくってみることがとても記憶に残りやすいということ

・鈴木社長が、想像以上に広く深く考えてモノづくりしていること

・漠然とした対象ではなく、具体的な対象を設定することで、考えることがスイスイ進むこと

・新しいものをすべて使うのではなく、はっきりしているゴールに照らし合わせて、取捨選択するといいこと

・聞いた話が、自分の生活の中の体験や記憶とリンクすると、実体験に近い体験となり、家に帰っても思い出されたこと。

 

③どんな企画にするか

・子どもたちに、鈴木社長の思想を体験してもらえる機会をつくる

・知識を学ぶのではなく、松本精機にある金属の副産物に触れられる機会をつくる

 

 

 

私としても、造形教育やデザイン思考のみならず、あらゆる教育方法の根源について今一度考えるための、多くのヒントを頂戴できた今回の取材。

現在、企画の実現に向けて準備真っ只中の、淑徳大学の学生さんたちによるこのイベントは10月15日(日)に板橋区立教育科学館で開催されます。

この記事を書いている今のところ、予約不要でだれでも参加可能、開館時間中はずっと実施しているようになりそうです(でも多分、昼休みはつくると思います)。

もちろん、こちらのブログでも実施報告はしますが、この記事のテーマのごとく、実際に体験してみないと感じられないことも多いはず。

ぜひお誘いあわせの上ご来館ください。

 

 

板橋区立教育科学館 その他の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。