· 

Phase030:板橋総ラボ化計画② 解像度の高い実体験がもたらす、学びの循環

前回の記事(コチラから)より、淑徳大学のみなさんと一緒に実施している「板橋総ラボ化計画」についてご紹介しています。

今回は、イベント当日についてのレポートです。

 

鈴木社長のモノづくりの哲学を体験化する

 

前回の(株)松本精機、鈴木社長へのヒアリングを受けて、学生のみなさんとディスカッションを重ね、まずはイベント化のための要件を整理しました。

  • 学生の皆さん自身が感銘を受けた、モノづくりの哲学や試行錯誤を追体験できる企画にしたい
  • 教育科学館来館者のボリュームゾーンである小学校低学年くらいにメインターゲットをおきつつ、親子で対等にディスカッションができたり、その他の年代の来館者にも広く楽しんでもらいたい
  • とっかかりとしては気軽に、でもやっていくうちに没頭してしまう企画にしたい
  • 一度なにかを作って終わりではなく、何度も試そうと思える企画にしたい
  • できるだけ多くの人に体験してもらいたいので、講座のような形式ではなく、出入り自由の体験ブース型にしたい

ということで幾度となく試作を重ねた結果、南極冒険家が使用するソリを製作した鈴木社長にヒントを得て、こんなイベントに仕立てました。

 

タイトル:「スベるの実験室」へようこそ!

日  時:2023年10月15日(日)10:00-16:00

会  場:教育科学館地下1階常設展示室内、「みんなの実験室」

料  金:無料

予  約:不要

概  要:あらかじめ準備された紙皿や割りばし、重りとしての水が入ったペットボトルや空の乾電池などを使って、会場内に設置された斜面を「誰よりも遠くまで滑ることができる」ソリ状の物体をつくる

 

会場となった教育科学館の地下1階常設展示室は、週末ともなれば多くの親子でごったがえす、ちょっとした板橋の人気スポットです。

ちなみにこの館は入館料は無料なので、おでかけのような「ヨソ行き」感覚というよりは、ちょっと公園に遊びに行くように気軽に来館されるお客様が多いのが特徴。

先日なんて、私が実施するプログラミングワークショップに「ごめんしみてる!寝坊して少し遅れた!」と、きっと寝ていた恰好のまま(パジャマ?!)で参加する子もいたくらいです。

そんな会場に突如として大きな斜面と工作会場が出現しました。

 

 

イベント開始直後こそ、学生スタッフも慣れていない雰囲気で緊張していたためか、来館者も「なんだろうあれは」と恐る恐るな感じ。

でも、途中から「工作しませんかー!無料ですよー!」と声掛けをし始めると、あれよあれよと会場は埋まっていき、すぐに工作会場は芋煮状態になってしまいました。


 

 

学生の学び「解像度の高い実体験を得る」

 

ここまでの準備段階で特に私が感じていたのが、「解像度高く、体験者の視点に寄り添う」ということを繰り返していたな、ということです。

学生の皆さんは開催まで何度も科学館の創作室に通い、試作をして自分がお客さんになって試行することを繰り返しました。

それによって彼らは、頭の中で考えていた時には気付かなかった検討ポイントがたくさん洗い出されていたし、対話の中で、この企画の体験者のイメージが彼らの中でどんどん具体化していっているように私は感じていました。

 

このことは、鈴木社長から「聞いたことを学習体験化する」という行為を通して、学生のみなさん自身が、「聞いたことを実体験化し、消化した」と言えるのではないでしょうか。

前回の記事で紹介した鈴木社長の哲学「誰が幸せになるための行為なのかをしっかり考える」ということを、結果的にそのまま体現して見せてくれたような気がしています。

対象や実施イメージを詳細に把握しようとすることで、彩度豊かな情報を得られていくことは、このようなプロジェクト型学習の醍醐味でしょう。

 


またイベント当日ではこんなことがありました。

子どもがソリつくって滑らせに来たら、斜面のスタート地点で待っている学生さんは元気に

「いくよー!スタート3秒前ー!3!2!1!スタート!」

と声をかけることになっていました。

 

これだけでも子どもたちは楽しくなってしまうだろうし、当初はその通りに皆さん実施していました。

その後私が他業務の関係でその場を離れ、すこしたってから会場に戻ってみると、その声掛けに変化が生じていました。

 

「いくよー!3、2、1、スタート!」

「ああー惜しかったね、途中までうまく滑ってたのに、転がっちゃったねえ!」

「次は、そりの滑るところだけじゃなくて、転がらないように重さや重心についても考えてみよう!」

と、改善のための新たな視点を、子どもひとりひとりに一言ずつ声掛けするようになっていたのです。

 

更にその声掛けは会場全体に響き渡るくらいの大きな声で行っていたので、会場にいる参加者全員が「なるほど」と盗み聞きできるような環境になっていました。

この声掛けのカスタマイズは、学生の皆さんが自然と時間内に改善をしていったものだそうです。

この変化こそ、このような機会を創出する側に得られる最大の学習効果なのではないかと思います。

 

つまり、

準備段階で、そりスベり体験で得られる感動や気づきを、解像度高く実体験として得ている

解像度高く実体験を得ているからこそ、子どもたちを見ていて「伝えたいことが伝わっていない」という不足に気付ける(だいたいはここで「みんな楽しそうだねーよかったよかった」とかで終わることが多い)

解像度高く実体験を得ているからこそ、子どもたちにどういう声掛けをしたら次の一歩を踏み出せるようになるのかが発想ができる

確信を伴って声かけできるので、言葉や表現に説得力(子どもへの伝達力や自信)が生まれる

 

こんな思考フローが、学生の皆さんの脳内で起こっていたのではないかと思います。

 

そんな素敵な学びの循環がさまざまな場所で多発した結果、参加希望者はどんどん来るわ、参加者はもっと改善したくなって帰らないわで、最後にはごったがえしの大人気状態。

オペレーションの効率化等の部分での課題は感じられたものの、学生さんや参加者など、そこに関わった人全員が、このイベントで伝えようとしていることを主体的にとらえ、気付きや次への課題をきちんと腹おちさせながら体験していたように見えたのがとても印象的でした。

そのためか、閉館時間になっても帰りたくない親子が続出した大人気企画となりました。


 

 

今回は実際のイベントの状況をお伝えいたしました。

普段は、noteなどで文字を使って表現することを学んでいる表現学科の学生さんたちでしたが、この「体験で伝える」ということを通じて、どのようなことを考えたのか、気になります。

 

このあと、このプロジェクトは振り返り会を実施する予定(日時未定)なので、そのようすもまたこのブログでご報告できたらと思っています。

 

板橋区立教育科学館 その他の取り組みはこちらからご覧ください。

https://www.itbs-sem.jp/

 

Phase029< >Phase031

Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。