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Phase038:教育科学館遊園地化計画③〜公共からの学びで得られる、責任ある視点〜

これまで2回にわたってご紹介して来た、板橋区立教育科学館で実施している「教育科学館遊園地化計画」展。

(1回目はこちらから 。教育科学館遊園地化計画①〜科学館デモクラシー〜

 2回目はこちらから。教育科学館遊園地化計画②〜軽いノリで公共が変化する場〜

 

 

今回は会期スタート後のとある日のできごとをご紹介します。

 

 

その日は出展者の中のひとり、小学3年生男子が作品をつくりに(というか遊びに)来ていました。

彼は、科学館の台車を使用した搭乗系のアトラクションを考えてくれた、近くの小学校に通う、いつもセリエAの選手ユニフォームを着ているサッカー男子な作家(サッカ)です。

 

 

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「台車ダンジョンコースター」

・台車に、ダンボール製の本体(人間が乗る部分)を設置し、コースター化した。

・MESHがついていて、クラクション機能などが備わっている。

・オープニングセレモニーのときに体験してくれた会社の部長さんから「シートベルトほしいな」と言われたので、頑張って試作品を設置したが、まだ改良途中。

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その日は、夏休みに入ったばかりの土曜日で、たくさんのお客さんが(教育科学館の週末の入館者数は多い時で2000人を超えることもあります)来館していました。

 

科学館に到着するなり、

 

彼:「こんなに人いるなら、コースターできないじゃん!しかもスピード出せないからおもしろく無いじゃん!」

私:「えーじゃあどうしようかねえ?場所変える?」

彼:「いやでも、こんなに人がいるところならたくさんお客さんが来てくれるはずだからやりたい。お父さんが社長なんだけど、いつもお客さんが来てくれることを考えているから、それは大事だと思う」

私:「じゃあ、スピード出さないで安全に遊んでも、おもしろくなるにはどうしようかねえ?」

彼:「うーん……」

 

その日は塾もあると言うので、とくに策を思いつくこともなく帰っていきました。

 

そしてまた別の日。

 

彼:「しみてる!こんなのはどう?」

と持って来たメモ帳に書いてあったのは、

 

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・押す人と搭乗者に分かれて遊ぶ。床には迷路が描かれており、搭乗者は押す人に的確な指示をしながら進まなくてはいけない。

・迷路は養生テープで貼ってあるだけなので、体験者がコースを改造することが可能。

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という新たなルール。

 

彼:「これならおもしろい気がする。」

 

と自信ありげに言う彼に、私は大変驚きました。

 

最初のオリエンテーションのような顔合わせの段階から、彼は誰もいない展示室で台車をもって爆走し続け、まわりにいるスタッフや大人たちをハラハラさせてしまうこともありました。

でもそこでは、私から「できる限り発想できる環境を優先したいので、今だけは通常のルールを逸脱しても構わない」とスタッフに伝えていたこともあり、「怪我しても知らないよー」くらいの声かけで好きにさせていました。

 

彼はサッカー少年だし、そもそもこの年代の子どもは隙があれば走り回りたい強い欲求があるものですし、彼の素直な「おもしろいこと」とは、「爆走」だったはずです。

そしてそれに対して、私はなんの声かけもしていませんでした。

むしろ、「それじゃあだめじゃない?」のように、大人だからこそ気づいてしまうものを出さないように、一切のアドバイスを我慢していました。

そんな状況の中で、改めて持って来た彼のアイディアはなりふり構わない「爆走」とは真逆の発想の、ある種頭脳的なおもしろさがあるものでした。

 

私:「これおもしろそうだ!前に作ってた案よりしみてるはおもしろそう!ってワクワクしたよ」

彼:「でしょ?家族で色々相談したんだよね」

 

聞けば、夕食時の話題は最近この話になることが多いそうです。

彼のメモを見ると、彼がやっていたのは、「どうしたらいいと思うか」ではなく家族それぞれが「何がおもしろいと思うか」のヒアリング調査だったようでした。

誰も何も指示してないのに、こんなにやってきてくれるなんて...…。

 

そしてさらに、

 

彼:「あのさあ、科学館ってエレベーターになんにも案内が書いてなくて不便だと思うからこれ作って来た」

 

と、こんな張り紙も作って来てくれました。

 

「遊園地化計画」は、企画者側でテーマを決めて提示することで「課題を発見する」ということを気軽に体験できるようにする、という意図もあります。

しかし彼が作って来てくれた貼り紙は、遊園地化計画をきっかけにしつつも、科学館の中の課題を自ら発見したという点で、アトラクションを作るということとは大きく異なることだと思います。

もしかするとエレベーターの中の情報不足にはこれまでに気づいていたのかもしれませんが、今回はそれに気づいた自分を見逃さず、自らなんとかしようという態度になってくれている結果のように思えます。

 

エレベーターに貼ってあるだけのこの紙は、それだけを見ると、確かにそれだけ、ですが、この経緯を含んでみると、「来館者」というサービスを享受する存在から、「私たちの科学館」という、科学館の存在に対して一定の責任を持っている視座に変化してくれた事例のように思えて、私にとっては大変嬉しい出来事でした。

 

もう少し言えば、この状態を前提にするとターゲットが明確化されているので、貼り紙の効果検証をすることで、デザインの視点でも大変深まりを得られる学習体験をさらに創出できそうな気もします。

 

 

お客さんがひとりもいない展示室で、「走り回らないで」「お客さんがたくさん来るんだからそれはできないよ」といっても、子どもたちからするとそれを感じる経験が無いのだから、想定することに無理があります。

それだけではなく、子どもが「やりたいことを制限される」という意識を持ってしまっては、 学習態度や意欲だけでなく、発想の広がりにも影響があったであろうことも想像できます。

子どもが本気で「やりたい」と思うことを信じきり、それを社会にそっくりそのままインストールしてみることは、確かに運営側でもかなりの覚悟が必要です(かなりハラハラするし)。

ただ、そのハイリスクに対して得られる教育効果的リターンは、学習者自身による「気づき」を創出するという点だけをとってみてもかなり大きいと言えそうです。

 

今回は作家側からの事例をご紹介しましたが、作家が作り続けているものを目撃した来館者にも多くの影響がひろがっているようですので、それはまた追ってご紹介してまいります。

 

 

 

★本企画展をはじめ、板橋区立教育科学館の取組みは、板橋区立教育科学館のサイトhttps://www.itbs-sem.jp/でご確認いただけます。

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。