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Phase044:セカイのミカタカルタ 前編

 今回は、板橋区教育委員会と共同で実施した「いたばし未来子ども大学」というイベントについてご紹介。

 このイベントは、夏休みに区内在住小学生が区内の大学の授業を体験する、というもので、板橋区としては初めての試みでした。

 板橋区内には6つの大学のキャンパスがあるのですが、今年度はその中から東京家政大学と大東文化大学のご協力を得て実施。

 

 参加者の子どもたちが「お客さん」にならずに主体的に臨めるように、ここでもいくつかの図工美術的手法を援用してみました。


 

 

いたばし未来子ども大学2024 「セカイのミカタカルタをつくろう」

 

 今年度は夏休み中の3日間で実施しました。

 板橋区内在住・在学の小学4~6年生の児童30名が6つのチームに分かれて活動します。

 各大学のキャンパスツアーの実施後、講義内で見つけた「フシギポイント」をチェキで撮影し、撮影した写真をもとに最終日に「セカイのミカタカルタ」を制作する流れです。

 

 字面だけみてもとっても濃ゆーい3日間であることはご想像いただけると思います。

 各チームには東京家政大学と大東文化大学の有志の学生さんが1名ずつ、合計2名の「パイセン」というリーダーがつきました。

 

 

プログラム

 

7月 27 日(土)@大東文化大学 板橋キャンパス

①オリエンテーション

「瞬時に質問するための反射神経訓練」

板橋区立教育科学館館長 清水 輝大

 

②キャンパスツアー

 

③講義

「君の足もとの小さな生き物」

講師:大東文化大学 スポーツ・健康科学部 

健康科学科 橋本 みのり 先生

 

 

7月 31 日(水)@東京家政大学 板橋キャンパス

④キャンパスツアー

 

⑤講義

ヒトは生き物に名前をつける。

「生き物の名前採集プロジェクト」

講師:東京家政大学 家政学部

環境共生学科 片田 真一 先生

 

⑥講義

 「食べることと環境問題-分けることの役わり-」

講師:東京家政大学 栄養学部

栄養学科 鍋谷 浩志 先生

 

 

8月3日(土)@板橋区立教育科学館

⑦ワーク:「セカイのミカタカルタWORLD GP2024@ 教育科学館」

講師:板橋区立教育科学館館長 清水 輝大

 


 

 

仕掛け① 「不真面目なテーマ」を、真面目にみっちりやる

 

「わからないことや気になることがあったら、どんなことでも気軽に質問してね」

という大人の言葉をよくききます。

 でもそれだけだと、子どもの心情としては

「そんなこといったって、検討違いな質問しちゃったら恥ずかしいじゃん」

「どんなことでもって言っても、難しい質問しなきゃいけないんでしょ」

「誰か最初に手をあげてよ、そしたらどんな雰囲気がかわって自分も質問できるから」

といったことが正直なところでしょう。

 ましてや、マイクを使ってちょっと緊張してる大人が真面目に「気軽に質問してね」って言っても、もちろん気持ちはわかるんだけれど、それはなかなか説得力がないかもしれません(笑)。

 しかも、このときの雰囲気が、企画全体の長い時間を支配してしまって終わる、なんてこともあり得るから、入り方はとっても大事だと私は思っています。

 

 そこで今回実施したのが、「なんでもいいから質問する」の千本ノック的練習。

 オリエンテーションにおいて、最初の「パイセン」の自己紹介の際に、大きな会場でマイクを持って全体進行している私からひとりひとりに、

「昨日の晩御飯なにたべたんですか!」

 という、ある種どうでもいいような、肩透かしのような質問を浴びせまくりました。

 この質問の際には、前フリとして「とても重要な質問があります」という仰々しい雰囲気を作っていたものですから、会場にいた参加者だけでなく保護者の大人の皆様からも笑いが漏れ、「なんだよ〜そんな質問かよ〜」という言葉が聞こえてきました。

 スベらなくてよかった。ほっ。

 

 これは私なりに「どんなことでも気軽に質問」を具現化した行為であって、緊張している子どもたちに、「なんだそれでいいのか」と思わせたいというものでした。

 その後、各チームごとの自己紹介にうつり、子どもたち同士で同様の活動をしてもらいます。

 各チームからは

「昨日の晩御飯は?」

「じゃあ一昨日は?」

「好きなYouTuberは?」

など、子ども自身が素直にふと出てきた質問が飛んでいたように思います。

 

 ここでさらに重要なのが、「どんな?」を付け加えよう、と子どもたちに伝えたことです。

「昨日の晩御飯はおすしでした」に対し

「あ、そうなんだ、じゃあ次」で終わるのではなく、

「えっいいなー、どんなおすし?」ときくと、もしかすると、自分もCMをみて気になっていた「スシローのカニ祭り」に行ったのが判明して、さらにどんな味だったのか興味が継続するかもしれないし、あるいは銀座久兵衛に行ったのかもしれないし..。.

 人間が興味を抱くきっかけは、最初の回答でありがちな、表層をなぞるような情報には決して存在しません。

 人々が興味を持つのはそのさらに奥にある「瑣末で超具体的で超属人的な詳細情報」にあることが多いので、「どんな」という言葉は、探究していく過程において大変便利な言葉だったりします。

 

(ちなみに、こういう場面でありがちな「なんで?」は、なんでおすし食べに行ったのか聞かれたところで「食べたかったから」にしかならず、「ふーん」で探究が終わる可能性が高いので、あまりおすすめできません)

 

 科学館が関わって大学に理系の講義を受けにいくイベントの大講義室で行われているオリエンテーションのテーマが、ともすると不真面目なテーマとも受け取られるかもしれない「昨日何食べた?」。

 これをひたすら1時間くらいやり続けました。

 ここに「どんなことでも気軽に質問してね」という大変重要なメッセージを、言葉ではなく体験で伝えたつもりだし、それを深めるという体験を埋め込む演出もしたつもりです。

 

 その甲斐あってか、オリエンテーション後の会場は、それ以前の緊張した静粛さが嘘のように、いい意味でとてもうるさくなっていたように思います。

 

 

仕掛け② わからない人としての特攻隊長「パイセン」の存在

 

 様々な要素を駆使しながら主体的に探究するためには、自分が「わからない」ということを自信を持って表明し、さらに場全体にそれを歓迎する雰囲気が漂っていることが重要だと思います。

 たとえば

「他の人はサクサク作業してて、自分だけわかってないかもしれないな、恥ずかしい」

となると、意識がそこに停滞し、次の展開にもついていけないということになっていってしまいます。

 そこで「パイセン」の出番です。

 

 彼らには事前のレクチャーの中で、

「皆さんのミッションは一般的なメンターではないよ」

ということを伝えてありました。

 むしろ、事前に講義の内容を予習してくるのではなく、子どもたちと同様に無垢の状態で講義に臨み、積極的にわからない点や興味深い点を表明してほしい、と。

 また、企画当日は動きやすい格好で、ということと同時に、「区のイベントだからって、決して真面目な格好をしなくていいので、自分自身を一番表現できる、一番好きなファッションできてほしい」とも伝えました。

 いわば「わからない、を表明しまくる特攻隊長」として、子どもたちと同じ目線に立つ、イチ参加者になりきってもらうことで、子どもたちに、「わからない」ということに自信を持ってもらう雰囲気を醸成したい意図がありました。

 

 結果として、これが本当に当たりまして、企画者の私自身も驚くほどに各チーム活発に会話がなされていたように思います。

 私から見てもパイセンたちは本当にそれぞれで魅力的に輝いていたし、子どもたちが各日のスタートで、自分のチームのパイセンを自然と探して会話し始める様には、このイベントの成功を早くも感じさせられました。

 これには、他の自治体で同様のイベントを実施した実績のある大東文化大学の方からも

「講義が予定通りに進まないほどに子どもたちが活発になるなんて、驚いた」

といった趣旨のご感想もいただきました。

 

 

 大人ではなく、ちょっとだけ年上のお兄さんお姉さんの存在は、「わからない」に自信を持って表明することを、言葉ではなく具体的なイメージとして伝えることに大きく貢献したのだろうし、何より素の自分に限りなく近い状態の大学生の姿に、未来の自分の像を重ねた子も少なくなかったのではないでしょうか。

 

 

 今年度の「いたばし未来子ども大学」の報告は、来月に続きます。

 次回は、カルタ制作に込めた意図や効果、全体の振り返りをご紹介いたします!

 

 

★板橋区立教育科学館の取組みは、板橋区立教育科学館のサイトhttps://www.itbs-sem.jp/でご確認いただけます。

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。