6年生の「感じて 考えて」(日本文教出版 図画工作5・6下 p.30-31)を基にした題材です。材料に触れて感じたことから、自分の表したいことを考えていくものです。
これまでの経験を生かす
これまでの材料や用具、表し方などの経験を生かし、試し、表しながら自分の表したいことを見付け、主題をどう表すか考えていくことを提案しました。
毎年、6年生の最後の絵に表す活動で、キャンバスを使っています。堅ろう性があり、身体性を働かせながらぐいぐいとかき込む、拭きとる、削り取るなどが可能なキャンバスを使うことで、様々な材料や表し方を思いに合わせて選んだり、組み合わせたり、試行錯誤して自分の思いを実現させていってほしいと考えるからです。
子どもたちは、真っ白なキャンバスを手でなぜたり、ポンポンと叩いて音を鳴らしたり、麻布の匂いをかいだり、初めて出会う基底材を新鮮に感じます。画布に薄めた絵の具を擦りこんでいく子、チューブから絞り出して手指で塗り広げる子、京花紙を水糊で貼ってみる子、思いのままに筆でかきだす子、活動の始まりは様々です。
Aさんは、初めに黒い絵の具を画面いっぱいに絞り出し、手指で丁寧に塗り込めました。「もっと深い感じにしたい」と思い、そこに青色を絞り、混ざり合っていく色合いを楽しんでいるようです。そして生乾きの画面右下に小さな月をかきました。この時、「空」「夜」のイメージをもったと話してくれました。
編み直し続ける
次の週、Aさんは自分の画面をじっと静かに見てから、月を黒と青の絵の具で消し、中央に白でかきなおしました。月の形や色を、丁寧に調整していくと、月はどんどん大きくなっていきました。月を表した時に、「希望」というイメージが広がったとAさんは言います。その後、画面の青の部分にローラーや刷毛、筆を使って何度も色を重ねていきました。色や形が折り重なり、なんと美しい絵肌だろうと私は感じていました。
最後の週、Aさんはその青の部分をためらわずにローラーでかき消しました。私は心の中で「美しかったけど……」と思いましたが、見守りました。Aさんにはまだ納得がいかなかったのです。意思をもってさらに色を重ねていきます。その後、月の上に飛び立つ鳥をかくと、周りの友だちが「Aさん、すごいね」と集まってきました。残るわずかな時間で、飛び立つ鳥の軌跡をビーズとバーミキュライトで表し、月に赤い絵の具で影をつくると、筆を置きました。6時間の中でどれほど編み直し続けたことでしょう。
私は、飛び立つ鳥にAさんが重なりました。あとわずかで中学校へ巣立っていくAさんの成長に立ち会えたことをとても嬉しく思います。
「自由への追求心」
Aさんは、この作品に「自由への探求心」というタイトルを付けました。
以下は、Aさんが作品に添えたコメントです。
この絵は、月夜に故郷を飛び立つ鳥の様子をかきました。
自由に生きたいと思う、希望に満ちた一羽の鳥の心を表しています。
白い月は「希望」を表しています。
絵を描いている時、私は自分がちゃんと好きなことに向き合っていると感じます。
かきながら、この鳥がどこへ行くのか、絵の中でたくさん想像することができるのです。
材料・用具
児童:水彩絵の具
教師:キャンバスF10、アクリル絵の具、クレヨン、パステル、京花紙、土、胡粉、PVA(洗濯糊)、ニス、ボンド、マスキングテープ、様々な種類の刷毛、ローラーなどです。これまでの経験を生かし、自分の表したいことに合わせて選べるように準備しました。
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ふくざき あや (金曜日, 11 2月 2022)
Aさんがもてた絵を最後の時間に描き直そうという気持ちは
これまでずっと信じて見守ってくれた鈴木先生がいてくれたから
私が最後の時間に子どもが描き直すことを見守ることはできるだろうか…
ビーズとバーミキュライトを使って表すことを選んだこと
これまでの材料や用具などの表し方などの経験が
本当に自分で決めて自分で選んできた経験だからこそ
試し表しながら自分の表したいことを見付け主題をどう表すか考えていく図工に…ずっと挑戦していきたいです
図工のみかた編集部 (土曜日, 12 2月 2022 09:53)
ふくざき様
コメントありがとうございます!
>試し表しながら自分の表したいことを見付け主題をどう表すか考えていく図工…ずっと挑戦していきたいです
記事を読んでそう感じていただけたこと、大変うれしく思います。
Aさんは、図工での表現活動を、与えられたものではなく、自分のものとして受け止め挑もうとしているからこそ、最後の時間までこだわり続けたのだと思います。
しかしそれは、Aさんの力や思いの強さだけではなく、図工の時間をそういう時間としてつくってこられた先生と、それを受け入れた子供たちがいる空間だからこそ実現されたのかもしれませんね。
ただ黙って何もしない、ということではなく、子どもたちに寄り添い共感しときに導く。「美術の師」ではなく「人生の先輩」としての佇まいが、子どもたちが自分自身で成長するエネルギーにつながるのかもしれませんね。
先生の「挑戦したい」という意欲もきっと子どもたちに響いていると思います。
引き続きよろしくお願いいたします!
はな (日曜日, 13 2月 2022 16:49)
あまりの迫力と美しさに言葉を失いました。この絵の前にずっといたい気分です。じっくりと時間をかけて作品を編み、言葉を添える。6年間同じようにしてきたこともここで一区切りですね。そんな気持ちが言葉にも作品にも表れている気がします。
6年生は卒業を迎え、新たな旅立ちの時です。この鳥のように、常に探求心を持ち、自由に大空を羽ばたいていく6年生にはきっと明るい未来が待っています。
神谷真帆 (月曜日, 14 2月 2022 14:29)
最後の時間に青の部分を塗りつぶしたAさん。もしも私が指導者の立場だったら止めてしまうかもしれないと思いました。Aさんの考えを尊重し、意志を持って行動していることを信じて見守るのは本当に難しいことだと思います。しかし、逆にAさんの立場だとして、自分を信じて見守ってくれる陽子先生がいると分かっているからこそ、安心して画面を塗りつぶせたのかなと思いました。
普段の何気ない声掛けで、子供の意欲は分かります。積み重ねてきた信頼感があるからこそ完成した絵のようにも見えてきました。
図工のみかた編集部 (火曜日, 15 2月 2022 09:28)
はなさん
おはようございますコメントありがとうございます。
とても素敵な絵になりましたよね。じっくり見ると何度もあみなおした痕跡が見え隠れしていてAさんの思いがそのままあらわれたかのようにも感じます。
>この鳥のように、常に探求心を持ち、自由に大空を羽ばたいていく6年生にはきっと明るい未来が待っています。
そうですね。この子たちのためにも我々大人がしっかりしないとな、と思いました。この探求心で、未来に羽ばたいてほしいですね。
引き続きよろしくお願いいたします。
図工のみかた編集部 (火曜日, 15 2月 2022 09:47)
神谷真帆さん
おはようございます
コメントありがとうございます。
>意志を持って行動していることを信じて見守るのは本当に難しい
よかれと思って声をかけてしまうことってありますよね。
私も撮影にお邪魔した際に失敗したかも、と思うことが多々あります。
>見守ってくれる陽子先生がいると分かっているからこそ、安心して画面を塗りつぶせたのかなと思いました。
そうですね。鈴木先生もそうですし、子どもたち同士もそうなのだと思います。そういう空間が徐々に醸成されてきたんでしょうね。
そのような場が、図工室だけでなく学校全体、社会全体に広がっていけばよいですね。
引き続きよろしくお願いいたします。
yukari.S (金曜日, 18 2月 2022 19:41)
低学年の頃のAさんが思い出されます。言葉がなかなか出てこない、自分の思いを言葉で表現することに抵抗を感じていたAさん。そんなAさんにとって、絵を描くことは(休み時間の自由帳、図工の時間、放課後など…)は自分がいきいきと思いを表現できる、安心できる、自分を見つめる大切な居場所だったのだと感じます。
想像が、絵の中で広がっていく、Aさんの未来が楽しみで仕方ありません。
次の満月を見上げる日は、Aさんの未来を想像しながらこの絵と重ねてみたいです。
HiranoTomki (木曜日, 04 7月 2024 10:58)
鳥が羽ばたいていく感じがめちゃくちゃ良いです。
図工のみかた編集部 (金曜日, 05 7月 2024 08:11)
HiranoTomkiさん
おはようございます。コメントありがとうございます。
めちゃくちゃ良いですよね。
すでにこのころから2年経っていますが、作者のAさんが変わらず羽ばたいているとよいですね。
引き続きよろしくお願いいたします。