冬来りなば
金ケ崎町の重要伝統的建造物群保存地区では、今年度より1月から3月にかけて公開住宅が閉ざされることになった。もとより、雪が積もる季節には来訪者もほとんどなかったとはいえ、何となく切ない。大学校も、周囲の状況に歩調を合わせるように、12月末の大掃除からしばらく冬ごもりをしていた。
3月に入り、少しずつ日の長さを感じられるようになった頃、ようやく新年最初の「開校日」を開催した。大学校に春を告げるきっかけとなったのは、茨城県水戸市在住の高校生S君による発案であった。水戸市と言えば、「図工のあるまち」では恒例の《放課後の学校クラブ》 を行っているまちである。S君も、小学生の頃にこのプロジェクトに長らく参加していた(放課後の学校クラブについてはこちらから:編集部)。
例えば、2016年に水戸芸術館で開催された「こども・こらぼ・らぼ」では、《放課後の学校クラブ》のこども部員として「おそうじフェスティバル」を担当。小学校の掃除の時間から発想を膨らませたこの「授業」では、水戸芸術館の広場に紙くずをばらまき、グループに分かれて拾い集めた量を競い合った。
放課後の学校クラブ×金ケ崎芸術大学校
今回の提案にも、当然のように《放課後の学校クラブ》のエッセンスが詰め込まれていた。企画にあたっては、本人の意思を尊重しつつ、自由に発想を膨らませていく。そこでキーワードとなったのが「グラフィティ」である。ストリートカルチャーの代表格として、海外ではアートの1ジャンルに位置づけられることもあるが、日本ではまだまだ「らくがき」と同一視されることも少なくない。
ちなみに、2005年には水戸芸術館現代美術ギャラリーにて「X-COLOR/グラフィティin Japan」と銘打った展覧会も開催されている(X-COLOR/グラフィティin Japanの様子はこちらから:編集部)。その際は、取り壊しが決まっているビルの壁面などをリーガルウォールとして解放し、複数のグラフィティがまちを彩っていた。現役の高校生が生まれる前の企画展だが、そこから約20年の時を経て、再びグラフィティに興味を抱く若者が水戸のまちに現れたことは興味深い。
昨年度に水戸芸術館現代美術センターで開催された教育プログラム「高校生ウィーク」の会場では、S君自ら来場者にグラフィティに関するアンケート調査も行っていた。さらに、3月下旬には短期留学のためマレーシアに飛び立ち、日本との文化の違いなどについても見聞を広めてくるとのこと。
それに先立ち、日本でも子どもたちと一緒にグラフィティのようなものに取り組んでみたい、という前向きな意思が今回の特別開校日の出発点となっている。企画名については、誰にも縛られずに表現をしてほしいというコンセプトから、当初は「free school」というアイディアも示されていた。S君が小学生だった頃、「真夏の自由すぎる学校」を開催したことなども思い出す。
ただ、これだと「活動内容が分かりにくいかも」などとやりとりする中で「イタズラ学校」というネーミングが誕生した。日本的なグラフィティという観点から、みんなでちぎり絵に挑戦してみるプログラムも立ち上がっていく。せっかくなので、大学校の障子を1面提供し、そこにもイタズラを仕掛けることに。果たしてどのような「学校」になるのだろうか。
色とりどりのイタズラ
「イタズラ学校」の開幕は3月8日。S君は前日までクラスマッチとのことで、打ち上げを済ませてから、お父さんと一緒に夜遅く(朝早く)のご到着。まさに青春真っ只中である。開校時間に向けて、午前中は下準備。水戸から持参した障子紙を机に貼り、試作もしてみる。お昼に親子で近所の定食屋まで腹ごしらえに出かけていたところ、おなじみの小学生が少し早めに登校。一緒に絵をかきながら開校の時を待つ。
午後2時ちょうど。早くも「イタズラしにきました」と複数の家族が玄関へ。「どうぞどうぞ」とお出迎えをして、みんなで障子紙を貼った机を囲む。この日は大学校の書道の先生としておなじみの佐竹松濤さんにもご参加いただいた。和紙をちぎって貼って、自由に表現してみてください、と簡単な説明だけでいきなりスタート。
材料は主に雲龍染和紙を使用した。あらかじめ色がついているので、そのままちぎって貼り付けるだけでイメージが広がっていく。大きな机で共同製作してもよし。画用紙に個人製作するもよし。綿密に構想を練ってから絵をかくように配置していく子どもたちもいれば、自由気ままにちぎって貼ってを繰り返す子どもたちもいる。でんぷんのりを入れていた紙皿にそのまま和紙を貼り付ける素敵なアイディアも。時間が経つにつれ、机の上がカラフルに染まっていく光景はなかなかに美しかった。
さらに、イタズラをレベルアップして、実際の障子にも絵をかいてみる。以前に「金ヶ崎要害鬼祭」でも行ったことがあるが、今回は絵の具ではなく和紙でちぎり絵に挑戦することにした。筆にのりをふくませて、おそるおそる障子にペタペタ。「家ではやらないでね」と話す保護者を背に、真っ白な背景に色とりどりの花が咲いていく。
ちなみに、今回の「イタズラ学校」には、常連さんのみならず、初めて大学校に足を踏み入れた方も多くいらっしゃった。とある小学4年生の男の子は、慣れない場所に緊張気味。活動の様子を遠くから眺めてなかなか部屋に入れなかったため、S君がサポートしながら縁側で静かにちぎり絵。二人で対話をしながら丁寧に和紙を貼っていく。後から話を聞けば「感情の花」と名付けていたとのこと。
障子にちぎり絵・使用時にかく「感情の花」・机にも「感情の花」を製作中
目覚め始めた家
翌日も引き続きイタズラ三昧。この日は定例の「図工の時間」も兼ねていたため、書を楽しむ会、折り紙同好会、プラモデル同好会も同時開催であった。午前11時の開校時間には既に多くの子どもたちが登校し、会場は大賑わい。
昨年の「小学生ウィーク」で油絵に挑戦していた4年生は、迷わずちぎり絵に着手。あっという間にキリンやゾウなど素敵な動物たちが仕上がった。続いて縁側へ。障子にもう一頭のゾウを製作している途中で青い色の和紙がなくなってしまった。《放課後の学校クラブ》にも通じる「なかったらつくればいい」というスピリットにより、即席で障子紙を染めていく。水彩絵の具を混色しながらイメージにあった色をつくり、大胆に筆を走らせる姿勢はもはやアーティストのふるまい。それを使ってゾウの体を形づくっていく。さらに、イタズラ心も忘れずに、障子の端をちぎりながら目をあらわしていた。
机に動物たちをかく・和紙を染める・障子にゾウをかく
かと思えば、また別の場所では大きな紙に書道をしたいということで、未就学児の男の子が果敢にチャレンジ。実は、この日が初めての書道記念日。松濤さんが手本として用意した数々の文字から選ばれたのは「一陽来福」の造語。大きな筆を持って、手本をじっくり眺めながらその形を追っていく。もちろん、まだ漢字は習っていないため、純粋に造形として文字を捉えている様子が興味深い。会場に居合わせた多くの人々の注目を集める立派な書道パフォーマンスであった。
おなじみのイタズラ中・みんなが見守る中書道パフォーマンス・なかなかな出来栄え

もちろん、折り紙もプラモデルも大盛況。この日が初めてのプラモデル記念日だった小学生もいたらしい。そして、大学校併設の駄菓子屋も大繁盛。いつものように、チラシの片隅にだがし引換券を付けていたのだが、クラスメートから何枚も集めて持参する強者も。こうして新たな戦略を導き出してくれるのは大歓迎である。とは言え、学年全員分を集められると大変なので、次回は1人当たり10枚までにしておこうかなとも考えたり……
冒頭でも述べたように、今回は冬ごもりをはさんで約2か月ぶりの「開校日」であった。その準備のため、前日に現地入りしたわけだが、久しぶりに足を踏み入れた旧菅原家(旧狩野家)住宅は家の中も外もひんやりと静まり返り、まさに冬眠しているかのようだった。これはおそらく冬の寒さのせいだけではない。二日間にわたり、子どもたちにたくさんイタズラされた家は、何となくぬくもりを取り戻したようにも感じる。春の足音はすぐそこまで近づいているようだ。
気まぐれ読書案内
森山純子、佐藤麻衣子、本間未来、石井一十三(編)『「こども・こらぼ・らぼ」記録集2011-2016』水戸芸術館現代美術センター、2017年
東日本大震災のあった2011年に始まった夏休みのアート体験プログラム「こども・こらぼ・らぼ」。水戸芸術館全体を会場に、同時多発的にワークショップなどが展開されました。この記録集では、2011年から2016年までの様子がまとめられています。《放課後の学校クラブ》も2013年から毎年夏の恒例行事として参加してきました。S君担当の「おそうじフェスティバル」の様子もしっかりと掲載されています。さらに、《放課後の学校クラブ》の発案者である北澤潤さんによる寄稿文も必読です。
お問い合わせ先
金ケ崎芸術大学校
〒029-4503 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根表小路9-2
電話:080-7225-1926(担当:市川)
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