そぞろみ部とは
いろいろな場所をそぞろ歩きながら造形的な見方や考え方を使って身の回りのあれこれを眺めてみるまったり系部活動。『形forme』 [i]での連載から引き継いで、「図工のあるまち」でも時折そぞろみます。
よみがえるアマビエ
久々のそぞろみ部のテーマは「アマビエ」。昨年末に発表された「新語・流行語大賞」にもノミネートされ、文字通り2020年を象徴する存在となった。
とは言え、「アマビエ」は少なくとも「新語」ではない。江戸時代に肥後国(現在の熊本県)の海に現れたという記録が残る妖怪存在である。その姿は何とも個性的だ。嘴があり、胴体には鱗、足は三本あるように見える。長い髪は足元まで伸び、目は菱形で描かれている。さらに、「病が流行したら自らの姿を写して人々に見せよ(意訳)」と予言したと伝えられる。
果たしてその真偽は定かではないが、この云われに想を得て、Twitterなどで「#アマビエチャレンジ」の動きが拡散していった。新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、おいそれとはそぞろ歩きができなくなった頃、SNSに乗っかって画面の向こう側で現代に転生を果たした。
あふれるアマビエ
筆者も、ステイホームの折にインターネット空間をそぞろ歩きながら多種多様な「アマビエ」像を楽しんだ。そこでは、先に挙げたオリジナルの造形要素(嘴や鱗など)を足したり引いたりしながら、独自の解釈に基づく作品が生み出されていた。
そんなある日、近所のスーパーマーケットに行ったところ、なんと「アマビエ」のぬり絵が配られていた。どうやらインターネット上だけではなく、現実空間にも姿を見せ始めたようだ。
そのような視点でまちを眺めると、意外にも多くの場所に潜んでいることに気づく。商店街の店先や飲食店の扉、公共施設のカウンターなど。
それらの多くは「コロナの収束」や「疫病退散」などのメッセージとともに描かれていた。前橋駅にはボトルキャップでつくられた「アマビエ」も登場。細かく再現されていなくとも、もはやアイコンとして認識できる。
とびだすアマビエ
さらには二次元から三次元へ。金ケ崎芸術大学校の近くで見かけた手づくり感満載の作品は七夕飾りのようなにぎわい。髪色をピンクで表現するのは現代版アマビエの傾向と言えようか。
長野県上田市では完成度の高い一品と遭遇した。一方、岩手県の南部鉄器や上田の「農民美術」[ii]など、各地の伝統工芸と結びついた商品もつくられている。
基本的には著作権フリーだからこそ、誰もがそれぞれの方法で表現することができる。言わば開かれたキャラクター。
大学近くの本屋に設置されたUFOキャッチャーでは「アマビエ風キーチェーン」が景品になっていた。人目を忍んでチャレンジしてみようかと逡巡。
東北の某所では「あまびえーる」を名乗る亜種も現れた。今もなお増殖を続ける「アマビエ」たち。
そこには感染症の収束を願う人々の願いが形となってあらわれている。
気まぐれ読書案内
小松和彦(編)『日本妖怪学大全』小学館、2003年
民俗学、文学、歴史学など、様々な分野の研究者による妖怪研究の成果をまとめた論文集。この中に掲載されている湯本豪一さんの論文「予言する幻獣―アマビコを中心に―」には、「アマビエ」の元ネタとも考えられる「アマビコ」について、貴重な図版とともに考察がなされています。そもそも「アマビエ」とは何なのかについて、学術的に探究したい方におすすめです。
[i]『形forme』とは日文が発行する図画工作・美術教育に特化した機関紙。60年以上の歴史をもつ。「そぞろみ部」は309号より320号まで連載されていた。https://www.nichibun-g.co.jp/data/education/forme
[ii]今から100年以上前の1919年、山本鼎が長野県神川村(現在の上田市)の神川小学校の教室に「農民美術練習所」を設立し、農村振興の一環として農閑期に副業として手工芸品を制作することを奨励した。現在も、「農民美術」の名のもとに木工芸がつくられている。今回紹介した「アマビエ」は農民美術を代表する「こっぱ人形」の一つである。
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